私もそうですが、精巣腫瘍と診断または疑いあるとき、みなさんはどうされましたか?

多くの方が、インターネットで調べた。と答えることでしょう。

睾丸というセンシティブでデリケートな部位のがんということで、罹患者は誰にも相談できず、とても孤独で不安でいっぱいです。それを少しでも解消できるようなホームページを目指しています。孤独や不安でいっぱいの方々に向けて、メッセージを頂きたいのです。

どんなメッセージでも構いません。

ぜひ、スマートフォンなどで”動画”で、メッセージをつなぎたいのです。

言葉はなくても構いません。ガッツポーズだけでもいいんです!

動画が無理とおっしゃる方も当然いらっしゃいます。文章でもいいです。

ぜひ、エールを、メッセージを、こちらのフォームまで送ってください!!

ぜひともご協力をお願いいたします。

サバイバーズボイスを送ってくれた皆様に感謝!

現在、後腹膜リンパ節郭清術を受け寛解状態です。
発見から寛解まで1年3ヶ月を有しました。

治療を断る、しょうがなくやる。の繰り返しの結果、ここまで
時間がかかりましたが、自分の納得行くまで悩んで、腹を据えて
望むという過程が私には必要でしたので後悔していません。

化学療法がきついと言われますが、私は何も治療しないで
鬱々とどうしようか悩んでいた時のほうがきつかったです。

大丈夫です。治ります。うまくいきます!

——————-簡単な経過です———————–

右精巣摘除し、非セミノーマという病理結果を受けましたが摘除で寛解。
胎児性癌と奇形腫の混合型
3ヶ月後の定期健診で腫瘍マーカの異常値が確認され、
CTにてリンパ節転移を確認。

化学療法を勧められるが、しばらく考えたいと保留。
腫瘍の増大スピードが早く即入院、即化学療法の1つBEP療法を開始。

3クールという区切りを終えるが、腫瘍が5cm以上残っている。
後腹膜リンパ節郭清術を薦められるが断る。

自宅に戻り食事療法と補完療法を始める。
4ヶ月ほど経った頃、腫瘍のサイズが大きくなり始める。

いろいろな精神的な格闘と躁うつを繰り返し、手術を受けることを決める。

他県の病院に入院。
後腹膜リンパ節郭清術を受ける。
必ず治ってやる、早く自宅に戻ってやるという目標で2週間で自宅に戻る。

——————————————————–

落ちた体力を取り戻すためにリハビリを込めた家事をやってます!!!

KAMEMOTO様

私が初めて精巣腫瘍(セミノーマ)という病気になったのは2010年の10月、当時赴任していた上海の地でのことでした。言葉も通訳伝いに診察を受け、緊急帰国し受診後2日で手術で左睾丸切除。上海での初受診から6日目の出来事で、展開がせわしなく、物事を考えている暇もありませんでした。

その後の経過観察中に腎臓腫瘍を手術し、さらに精巣腫瘍のリンパ節転移が見つかり、今年化学療法(BEP→EP)を受け、今は仕事にも復帰し一応元気に生活しています。

この病気になり、ネットでの情報収集し、治る『がん』であることが認識でき、さらに病気を克服された方々のブログ等を読ませていただき、みなさんが前向きに治療に向かわれている姿を拝見し、これまで死など想像することなく治療することができ、今があります。

ボクも、今このがんと闘われている方や、これからこの病気と闘われる方の少しでも励みやお力になれれば幸いと思い、自身も闘病のブログを書いてみました。
http://blog.livedoor.jp/kanekotakehito/

皆さん、頑張ってください。
必ず治ります!

タケヒトさん

私が最初に違和感を感じて診察を受けた際の診断は、副睾丸炎でした。それから抗生物質を処方され、数日間様子を見ていました。痛みと腫れが引いたので治ったのかなと思っておりました。
翌年に胃潰瘍と十二指腸潰瘍を患い、治療を受けていた際に撮影されたCT画像上で肺に転移された腫瘍が発見されました。
その時初めて精巣腫瘍だと知りました。副睾丸炎と思っていたものが精巣腫瘍だったのです。ステージⅢbの肺転移でした。
すぐに大学病院に入院し、原発巣である精巣を摘出し、全身化学療法としてBEP治療を3クール実施しました。「非セミノーマ」のため放射線治療は行えませんでしたが、幸いにも化学療法が効果的でした。
入院中は訳がわからないうちに次から次へと薬や検査の繰り返しでしたが、死を覚悟した日々を過ごしていました。周囲には気付かれないように平静を装っていたことを覚えています。
時間のあるときには、携帯で精巣腫瘍を調べては、何か効果的な治療や先進医療が受けられないものかと調べていました。正直、症例が少ない希な病気なだけあって不安だらけでした。
ようやく化学療法も終わり、「後腹膜リンパ節郭清術」を受ける直前に、今度は副作用による「間質性肺炎」を患うことになりました。
結局手術を断念し、今後は間質性肺炎の治療に専念することになりました。それから1年間、間質性肺炎の治療に専念することになりましたが、無事に軽快し、現在では服薬治療も行っておりません。
また、この1年間のうちに顕微授精ではありますが、子供を無事に授かることができました。
間質性肺炎の治療に使用していた「プレドニン」の影響や化学療法の影響もあって、体内での精液は皆無に等しいと医師からも言われておりましたので、これほどの喜びはありませんでした。
私は今から3年前に精巣腫瘍と診断されて現在を生きていますが、妻の体内には自然妊娠による『第二子』がおります。
当時断念した「後腹膜リンパ節郭清術」も受けていませんが、再発することなく順調に経過しております。私のような例外も世の中には存在しています。精巣腫瘍と判断された皆さん、決して生きることを、希望を諦めないでください。ガンになっても子供は授かれます。

k.iさん

私の弟は、3年前に非セミノーマの精巣腫瘍と診断されました。精巣摘出、化学療法によって腫瘍マーカーは下がりましたが、すぐに再発。
現在は、ホスピス病棟で最期の時を迎えようとしています。
最初の化学療法の時の病院の対応が悪く、以後頑なに化学療法を拒んできた弟でした。今思えば後悔と自責の念にかられて仕方ありません。
社会復帰できるチャンスは幾度となくあったかもしれません。しかし、それができなかった。悔しくてなりません。

現在、病気と闘っている皆さん!
精巣腫瘍はきっと克服できます。強い意志をもって耐えてください。病院選びをしっかりとなさって、十分なケアを受けてください。
病気を克服して、社会のために、家族のために精一杯生きてください。

静岡県・会社員

現在、闘病されている方や思いもよらずこれから闘病する事になった方に少しでも参考になれば幸いです。
ポイントは
・闘病は1人では絶対無理。信頼できる相談先(個人)を確保しよう
・完治迄のストーリーを想像し、自分の中で繰り返しイメージしよう。
・退院後にやりたい事を沢山書き出そう!
(私は車いじりとオフロードトライアル参加でした。まだやってます(笑))

以下ご参考
1994年に精巣腫瘍(セミノーマ)と診断されてからもう20年近くが経ちました。
右睾丸に違和感を感じてから約半年後に泌尿器科を受診し、エコーで腫瘍と即断でした。
当時はJ-TAGさんのような患者側に立った組織もなく、情報は癌センター等の治療機関HP、患者向けの本,医者向けのケーススタデイー本から入手していました。
又、医療機関情報支援サービスを職場通じて利用出来た事も大変助けになりました。
しかし、焦っている本人が調べているので偏った理解に留まっていた感があります。

一番助けになったのは個人的に知り合いであった友人(カウンセラー、外科医)でした。
病気そのものの専門でなくとも命懸けの治療(に伴う判断)をしていく中で
冷静なアドバイスが大変助けになりました。

今とは標準治療法も異なっているとは思いますが私の場合は下記の経過でした。
・右高位徐睾術
・予防的な腹部放射線照射(約20グレイ)
・術後10年に渡る経過観察

宣告された時には精神的に厳しいと感じましたが治る可能性が比較的高い癌である事と
自分は完治するケースであると日々自己暗示?をかけてかなり冷静に手術を迎えた事を今でも鮮明に覚えています。
一番厳しかったのは放射線照射の事前説明で「子供を作る事は諦めなさい」と言われた事でした。
ショックで治療を開始出来ず、精子の凍結保存をしてからようやく開始する事が出来ました。
放射線照射の副作用(吐き気、嘔吐、下痢)は気分的にもきついですが一時的なものです。途中でやめたらいままで耐えた事がチャラになると思い、耐えてました。

S.H.さん

精巣腫瘍を経験したことで知った本当に大切なもの。

今を精一杯生きよう。

僕のやりたいことは音楽だった。そして生まれた病気と闘う人への応援ソング。

「ファイティング・シックマン」

松浦秀人さん

J-TAG会員 小坂聖さん

私は腰に痛みを感じネットで調べたところ、尿管結石も腰に痛みがでるということで近所の個人病院(内科・泌尿器科)を受診しました。そこでは原因がわかりませんでした。痛みは全く変わらず次は整形外科を受診しレントゲンを撮りましたが異常は見当たらず湿布だけ処方されました。

数日後に個人病院(泌尿器科)を受診しエコー検査をしても異常を見当たりませんでした。やはり腰の痛み柔らぐことはなく青森市市民病院を受診しCT検査したところ異常がみあたり紹介状をいただいて青森県立病院を受診し精密検査を受けたところ精巣がんと診断され、そのときには後腹膜リンパ、肺多発転移、腎臓にまで転移が確認されました。非セミノーマの絨毛ガンという診断でした。

後日の説明では妻も同席して先生の説明を受けました。まず原発である睾丸摘出手術をしBEPという抗がん剤治療を行ういうことでした。先生の説明では抗がん剤治療はかなりきつい治療になるという話、そして完治をめざして治療を行うという話でした。精巣がんは転移の進行も早いがんだが完治することのできるがんだということを話してくださいました。それからは治療中に合併症を引き起こしたり様々ありましたが、抗がん剤治療6クール、手術4回行い現在に至ります今は腫瘍マーカーも落ち着き平穏な毎日を取戻しつつあります。

今、私と同じような状況で抗がん剤治療を行っている仲間がいるとおもいます。非常に症例の少ないガンのため情報も少ないと思いますが私の体験記でも参考にして頂けたら幸いと思います。

辛い抗がん剤治療ではありますが耐えると以前のような生活を取り戻すことができます。辛い抗がん剤は長い人生のほんの一瞬のことです。気合で乗り切っていきましょう!!

横山祐輔さん

精巣腫瘍罹患者及び罹患者のご家族様

はじめまして、昨年(平成23年2月)「精巣腫瘍」と診断された罹患者本人です。

3勇気

睾丸に痛みはないが腫れてきて、周囲に相談できず違和感の日々が続きました。ピンポン玉大位になって、思い切って妻に相談しました。

( 1 思い切って身近の家族に相談してください。)

夫婦でインターネット等を利用して調べましたが、「水が溜まっているのかな~」程度の思いでした。近所の病院(泌尿器科)に行ったのは妻に相談してから約1ヶ月後でした。

( 2 とにかく病院へ行って医師に相談してください。)

「左精巣腫瘍の疑い」と診断されました。

目の前が真っ暗になり呆然としました。待合室で待っていた妻も涙、涙・・・

自宅へ戻り再び2人で調べまくりました。J-TAGさんのページを拝見しました。勇気をいただきました。

( 3 完治する病と信じて前を向いて治療に専念してください。)

左精巣摘除からBEP療法を経て、現在、経過観察1年目です。私も、まだまだ不安が一杯です。

このような場を設けてくださるJ-TAGさんに感謝して、一緒に戦いましょう。

埼玉県在住 高柳さん

精巣腫瘍と診断されてからもう13年が経ちました。肺転移、肝転移があり、ステージⅣの診断、その時にはそれなりの覚悟をしなければなりませんでした。でも、生きることができた。

全てのガン患者のかたに、希望を持って、病気と闘って欲しいと、心から祈っています。

静岡市在住 会社員

若くして突然の「がん」宣告。

これほどの驚きがあるだろうか。

子どもをあきらめなければならないかもしれない。

命が長くないかもしれない。

後遺症で思い描いた人生を破壊されるかもしれない。

たくさんの「かもしれない」に押しつぶされそうになるのも当然のこと。

治療はきつい。

吐き気、脱毛、しびれ、口内炎。。。

病気でなく、治療で死ぬのでは?という恐怖もこみあげる。

鬱っぽくなったり、命を絶った方が楽かも、と思ったり。

でも、きっと大丈夫。

多くの仲間たちが、あなたを応援している。

同じように苦しんだサバイバーたちが、あなたを応援している。

これ以上ないような苦しさのなかでこそ、人は成長する。

その苦しさを受け止め、ときに、少し棚上げしたり逃げ出したりしながらも乗り越えていった先には、新しいあなたが、あなたの人生が待っている。

それを信じて、歩き続けてほしい。

真っ昼間、星は見えなくても、それはあなたを見守っている。

同じように、あなたにエールを送っている多くの人のことを忘れないで。

そしていずれ、あなたが多くの人にエールを送る側になる。

それを信じて、歩き続けてほしい。

朝日新聞東京本社 上野創

(97年に26歳で告知。肺転移、2度の再発などで10クールの抗がん剤治療を経験)

著書「がんと向き合って」

息子が24歳で発病して、4年が経ちました。

胸つぶれる思いで、息子の闘病を間近に見、先行きの不安に押しつぶされそうになった頃に、J-TAGに出会いました。

息子の人生は息子に。

そして私の人生も、この経験で、より深いものになったと思っています。

辛い時間も、必ず通り過ぎていきます。

勇気を出して、ご一緒に立ち向かいましょう。

あなたは決してお一人ではありません。

小宮山 友季子さん

私は3年前、大学3年生の時に精巣腫瘍になり、右の精巣を摘出しました。
その後経過観察をしていましたが、半年後に再発し、化学療法(BEPを3クール)とリンパ節廓清を行いました。
廓清から2年半、経過観察は行っていますが、再発もなく、元気です。

私は治療を受ける前に、インターネットで病気のこと、治療のことを調べてから臨みました。
事前に治療のイメージができたおかげで、手術の時も、化学療法の時も、自分でも不思議なほど落ち着いていられたことを覚えています。
情報があるということは素晴らしいことですし、このような患者会があることをとてもありがたいと思います。

いま、睾丸の違和感を覚えて、情報収集のうちにこのページにたどり着いたあなたへ。
すぐに病院に行って、診察を受けてください。
恥ずかしいかもしれません。怖いかもしれません。でも、この病気は、早く治療を開始することが大切です。
私は違和感に気付いてから1週間後に病院に行きました。
だから比較的軽い治療で済んだのだと思っていますが、一方で、もっと早く受診していれば再発しなかったかもしれないという後悔もあります。
受診して、がんでなければ、それでいいんです。
すぐに、病院を受診してほしいです。

いま、治療をしている、または治療を終えたあなたへ。
お疲れ様です。
多くの辛さや悩みを抱えていることと思います。
私も、化学療法が辛くてこれ以上はもう耐えられないと思ったこともありました。
治療効果が出ずに、発狂しそうになったこともありました。
一応治療を終えた今でも、少しでも体調が悪くなると、「再発かもしれない」と怯えてしまいます。
でも、大丈夫、ここには同じ境遇にある仲間がたくさんいます。
分からないことがあれば情報が得られます。不安があれば聴いてくれます。
いっしょに、みんなで、やっていきましょう。

H.S.